2013年1月12日土曜日

八重の桜に触発され

福島かと思いきや、実は茨城県のひたちなか市に行ってきました。
NHKの大河ドラマ「八重の桜」が、東日本大震災を受け、東北復興の想いから決まった経緯に思いをはせ、私が住む茨城県として考えた場合に、このひたちなか市が古代から現代まで、またさまざまな日本が抱える問題の縮図の地であると私は考えているからです。

先ず行ったのは平磯海岸。
夏であれば海水浴客でにぎわう土地です。
私が子供だった頃は、茨城の海にはそこかしこに海の家が立ち並び、朝晩は海が無い県からの海水浴客が周辺の道路で渋滞を作ったものでした。しかし、今は大規模商業施設や海外旅行など、いろいろな楽しみが増えて、家族や地域の子供会などで海に繰り出す行事は少なくなり、まず渋滞は起こらない。
特に震災後の夏はひどかったらしい。
 平磯海岸周辺の波打ち際には白亜紀の地層が残っているらしく、ジオパークの看板が立てられている。地図で見てわかるのは、茨城県の南側は古代海底であったこと。長い年月をかけ、隆起して出来た土地なのだ。そして、現在の表面土壌は黒色の火山灰から出来ている。
 地図で黄色に描かれている部分。これだけの土地が過去に隆起するような出来事が起こり、更には火山の噴火も私が現在暮らす土地を形作っているという事実を考え併せると、さまざまな天災が過去に起こり、これからもいつ何時にか起こるのだろうなあと思う。自分が生きている間に起こるのかは神のみぞ知るところであろうか?
 次に行ったのは、ひたちなか海浜鉄道の那珂湊駅。
ローカル線の雰囲気が漂う駅舎です。
最近話題の猫の駅長 おさむちゃんは見かけませんでした。パトロールに行ってしまったのかな?

ここでは古い車両の展示を行っています。なんでも日曜日には、申し込みをすると展示車両内を見る事が出来るらしい。ローカル線で、古い車両を保存鉄道という感じで活用し、お好きな方々には好評のようですね。
生活の足としての交通機関というより、レジャー的な試みをいろいろと行っているようです。

この那珂湊駅周辺には、昔ながらの港町の雰囲気が残っています。
へぇ~! 茨城県で有名なお菓子のあさ川ってこんな昔からある老舗だったんだぁ~。
あっ。
反射炉観るの忘れた。
水戸藩の当時の藩主の命により、黒船来襲に備えて大砲を作る為の溶鉱炉がこの反射炉という事です。蒙古襲来の時と同じような考え方であったのかもしれませんね。
水戸藩内の内乱で、幕末に破壊されて、現在建っているのは復元された模型です。
水戸藩も会津藩のように葵の御紋を許される名門であったのですが、残念ながら内乱によって優秀な人材を失ってしまった為に、新しい時代にはあまり関わる事が無く歴史の表舞台から消えていったのであります。

旧市街は、人の足が少なくなり、今では港にある魚市場や旧水戸射爆場跡地に建設されてた大規模商業施設に人だかりが移っている。
特に射爆場は、米軍の演習施設から解かれた後に、茨城県が那珂湊と北関東自動車道などのインフラを整えながらかなり力を入れているところだけあって、ものすごく近代的な所だ。

そして、その場所を挟むように、南北には原子力の施設などが何か所もある。先の地震で被害を受けた福島原子力発電所事故以前に、こちらでも施設内で放射性物質漏れの事故を起こして、住民が避難する事態になった事もあった。東海村JOC臨界事故のあの時も、まさかそんな事をしているなんてと散々世論に非難されたのだった。福島原子力発電所の事故も、いろいろとおかしな部分が見つかり、人災ではないのかという議論もあるんだったなぁ・・・

復興
もちろん生活は楽になりたい。
震災の影響をあまり受けていない私も。
温故知新。古きを知り、今、そして未来に生かさねば!
  
さあ、私が住む茨城県は今後どのような方向に向かうのだろうか?


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